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prologue

 

小澤征爾のサイトウキネン・フェスティバルを見るために松本まで出かけていったのは9月初旬だったが、これはそれと前後した時期の話だ。


その頃自分の頭の中ではすでに数ヶ月後の引退というカウントダウンが当然ながら始まっており、まず住居についてどうしようかと思案していた。遮音構造の小部屋は息子が占拠してスタジオもどきに使われていたし、残る一階のもうひとつのスペースにはカミさんがチェンバロを据えて音楽室となっていたので、自分専用のエリアは2階の机の周囲だけ、音楽に没頭することもままならない。いっそのことどこかに小さいワンルームを借りて仕事部屋にしてしまおうかと、緑の多い茗荷谷あたりを歩いて物件を物色し始めた。すぐに播磨坂に近く小石川植物園が見える古いビルの7階に予算に見合う小さなスペースが見つかったが、ほんの1-2時間というタッチの差で他人の手に落ちた。

本心としては次善の策は辻堂とか湘南方面に飛躍するという手も思い浮かべていたが、それを基本線にするとは流石に言い出せないでいたところに、カミさんが「地下にオーディオルーム付きというこんなマンションがあるよ」と、冷やかし半分で見せたのが不動産屋らしからぬ風変わりなウェブサイトだった。130m2を越える大型物件でもちろん賃貸ではないが、なぜか二人とも逗子という場所とこのマンションが発するオーラのようなものに惹かれたのだろう。すぐにメールを書いて物件の見学を依頼し、数日後の約束を取った。


当日案内してくれたのはこれまた不動産屋さんとは思えない至ってカジュアルないで立ちの40歳台のお兄さんで、鎌倉駅で落ち合って、現地へは車で10分くらいの距離だった。マンションは戸数100を僅かに超す程度でどちらかと言えば慎ましい規模、それに対して広大な周りの環境や眺望は格段に豊かで、20年近い築年数もバブル期の遺産という贅沢な構造と内部のしつらえにインフラとしての強固さを感じさせた。収納機能は多くないが、全体的には広さは充分、オーディオルームも広いとは言えないもののあると言うことそのものが重要。そして我々はその後何度か逗子を訪れて、その環境に納得の度を強めていった。


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20090226